とても古い話からスタートしてすみません。最近の中国のマラソンでロボットが人間の記録をあっさりと破った話題から思い出してしまった話です。
1970年、初々しい長澤康夫はIBMに入社して営業マンとして勤務していました。当時の売り物は今でいえばサーバーで売値は5億とか10億でした。わかりやすく10億としましょう。その中身はハードが2億であとは基本ソフトが1億、それ以外の7億には利益とメーカーSEが作るアプリケーションコストが入ってました。メーカーがアプリまで作って10億分のビジネスを決着させる役割を果たしていました。したがって当時のメーカーSEはOSからアプリまで全部わからないと務まりませんでしたし、それだけにお客様からの要求は大変厳しいものがありました。
やがてさすがにそこはメーカーだけでは対応が不可能になってきて一つの産業が発生することになりました。このケースでいうほぼ7億近い市場がのちに一般のソフト会社の人間がやることになってわが社のようなソフト産業が急激に発展していったわけです。現代の我々の生活はこの膨大なソフトエンジニアーの努力によって気づかれていったといってもいいでしょう。この数十年間営業一筋の長澤は、時に厳しいお客様からエンジニアーを守り、自信喪失したエンジニアーを励まし、契約へ向けてエンジニアーのモラルをアップさせて働いてもらい契約をゲットしてきました。
ところでそんな私の前にAIが現れ、さらにあの奇妙なロボットがマラソンして人間の記録を簡単に破ってる姿をみると、今まで私の気づいてきた営業とSEの浪花節人情路線は何だったんだろうか・・とふと考えさせられました。
まあ現実には自動車の無人運転も実用化となるとそう簡単ではないですから、あっというまにはそう簡単には何もかも変わらないかもしれませんが、この迫りくる時代にどうするか、春の新緑でも見ながら酒でも飲んでじっくり考えていきましょう。

