沈思黙考とは,広辞苑によると「深く考え込むこと」とありますが,最近は死語に近い感じで,めったに聞かれなくなりました。普通の職場では,電話応対,書類チェック,パソコンでの書類作成やメールチェック,関係者との話し合いと,じっとしている人はいません。なんだかじっと考え事をしていると,場の空気になじまないような,浮いた感じになってしまいます。
日本全体が効率重視,生産性アップで,子供から大人まで,それこそ分刻みで,忙しく活動することが良いことだという風潮が蔓延しているのでしょうか。子供達の生活も,学校,放課後の習い事や塾,帰宅してからのTVゲーム,携帯メールのやり取りと,朝おきてから寝るまで忙しく活動して,じっと考え込むことなどないように思われます。
私の子供の頃を思い出してみると,何もしないで時を過すことが,ずいぶん多かった気がします。夕方に外の遊びから家へ戻って,夕飯ができるまでの間,寝そべってボーと物思いにふけっていました。その頃はテレビもなく娯楽といえばラジオだけの時代でしたから,周りからの刺激に反応する必要もなく,自分の頭のなかで,あれこれ妄想したり,勝手な物語をつくったものです。
子供も大人も,1日に1回くらい,外部からの刺激ではなくて,自分の心と向かい合い考えこむ時間があったほうが良いと思います。なにもアウトプットを創り出さず,ひたすら妄想や空想に浸っていると頭のなかに潤滑油が流れるような気がします。この時代に何もしない時間をすごすというのは贅沢なことだと思います。
私の最近の沈思黙考タイムは,毎朝会社に出かける前の30分です。別に難しい問題を解決すべく考えるわけでもなく,お茶をのみながら窓から外の景色をながめながら,今日は会社でどうしようかなどと考える時間ですが,習慣になると生活のリズムのような気がして楽しいものです。外からの刺激へ反応するばかりでなく,自分の内からの考え事を思い出しては,あうでもない,こうでもないと繰り返すことは頭を使うことになり老化防止につながるかもしれません

